東京高等裁判所 平成5年(行ケ)55号 判決 1996年3月06日
大阪市淀川区野中南2丁目11番48号
原告
日本ピラー工業株式会社
代表者代表取締役
岩波清久
訴訟代理人弁理士
鈴江武彦
同
風間鉄也
同
布施田勝正
同
鈴江孝一
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
指定代理人
清田栄章
同
酒井徹
同
関口博
同
伊藤三男
同
幸長保次郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成2年審判第17756号事件について、平成5年2月25日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和58年9月1日、名称を「グランドパッキン」とする発明(後に、名称を「格子編構造のグランドパッキン」と補正、以下「本願発明」という。)について特許出願(特願昭58-162365号)をしたが、平成2年7月4日に拒絶査定を受けたので、同年10月4日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成2年審判第17756号事件として審理したうえ、平成3年9月5日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をしたが、同審決は、東京高等裁判所平成3年(行ケ)第261号審決取消請求事件において、同裁判所が平成4年7月14日に言い渡した判決によって、取り消された。
特許庁は、同審判事件につき再度審理した結果、平成5年2月25日、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決をし、その謄本は、同年4月1日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
多数本の繊維を収束して編み糸となし、この編み糸の複数本で格子編して形成されるパッキンにおいて、そのパッキン角部を通る編み糸の繊維が5g/d以上の引張強度を有するアラミド繊維であり、且つパッキン角部を通らない編み糸の繊維が充填剤を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維であることを特徴とする格子編構造のグランドパッキン。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に日本、英国内において頒布された「SEALS and SEALING HANDBOOK」1st edition(1981年、TRADE & TECH NICAL PRESS LTD.発行、ENGLAND)99~101頁、104頁(以下「引用例1」といい、そこに記載されている商標名「LATTYflon 4758」のパッキンの発明を、以下「引用例発明1」という。)、英国特許第1288878明細書(以下「引用例2」という。)及び「ニチアス技術時報」'81 No.3(昭和56年5月1日、日本アスベスト株式会社発行)1~12頁(以下「引用例3」という。)に記載された発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
本願発明の要旨及び引用例1の記載事項の認定は認める。引用例2の記載事項の認定は、パッキンを格子編とすることが記載されているとする点を除き認める。
本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点<2>、<3>の認定は認める。相違点<1>の認定は、引用例発明1がいかなる編組で形成されるパッキンであるのかの記載がないとの点は除き、認める。各相違点についての判断は争う。
審決は、引用例発明1を誤認して本願発明との相違点を看過し(取消事由1)、相違点<1>の認定、判断を誤り(取消事由2)、相違点<2>、<3>の各判断を誤り(取消事由3、4)、誤った結論に至ったものであるから、取り消されなければならない。
1 取消事由1(引用例発明1の誤認による相違点の看過)
審決は、引用例1には、「ケブラー、即ちアラミド繊維がコーナー部に、純PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)繊維が面に配されるように特別に編まれたパッキン」(審決書4頁10~13行)が記載されていると認定しているが、引用例発明1の重要な点を看過している。
引用例1の記載を詳細に検討すると、引用例発明1は、アラミド繊維と純粋なポリテトラフルオロエチレン(以下「PTFE」と略称する。)繊維を用いて、アラミド繊維を角部に、純粋なPTFE繊維を表面(パッキン角部以外のみの表面か否かは明確でない。)に有する特殊なハ打ち編みのパッキン(Special plaited packing)であって、パッキンの中心に中芯を有するスタイルのものであり、編組後の両繊維は、含浸(impregnated)と表面処理(surface treated)が施されることが必須要件として明示されており、その含浸剤がPTFE分散剤であることも明らかにされている。
すなわち、引用例発明1のアラミド繊維とPTFE繊維のパッキンは、<1>モノフィラメント(monofilaments)にPTFE分散剤(PTFE粒子の水性懸濁物)が被覆(precoated)されていること、<2>これらの繊維が編組されていること、<3>PTFEで含浸されていること、<4>PTFEで表面処理されていることの構成要件からなるものである(甲第4号証全和訳文6頁6~10行、図9、同7頁表Ⅱ、LATTYflon 4758)。
引用例発明1は、このように、編組後パッキンに含浸剤を含浸させることによって、パッキンが軸との摩擦係数や磨耗を軽減する役目である潤滑機能を発揮することができ、また、パッキンの編目の隙間を封止する目詰めの機能を発揮することもできる。しかし、このような、潤滑剤等の含浸処理を行ったパッキンにおいては、その使用に伴って、含浸された含浸剤の流出が生じたり、目減りによって、摩擦、磨耗防止の機能ないし目詰めの機能が減少ないし喪失してしまうので、パッキンの構造体としての応力緩和の原因となり、さらに、熱放散の悪いパッキンとなり、充分な性能を維持することが困難となる。
また、編組したものに含浸剤を含浸させた場合、通常は、浸透性が悪く内部まで含浸剤が浸透しないというマイグレーション(migration)現象が起きるため、引用例発明1においては、含浸剤であるPTFE粒子の水性懸濁物が繊維編組物の芯部付近まで含浸されるように、上記のような煩雑で手数のかかる構成要件を採用しているのである。
これに対して、本願発明は、潤滑剤等の含浸処理を行うことは構成要件とはなっておらず、繊維自体に充填剤を配合したPTFE繊維をもって構成しているため、含浸剤が不要であり、パッキンの使用に伴って含浸された含浸剤が流出したり、目減りしたりすることがなく、また、熱放散を良好にできるという多大な効果を奏するものである。
審決は、引用例発明1の上記重要な点を認定しなかったため、引用例発明1が、被覆、含浸及び表面処理される点で、本願発明と相違することを看過した。
2 取消事由2(相違点<1>についての認定、判断の誤り)
審決は、本願発明と引用例発明1との相違点<1>として、「引用例1に記載されたものは、いかなる編組で形成されるパッキンであるのか、いかなる種類のパッキンであるのか、について何らの記載もない点」(審決書7頁9~12行)を挙げ、「引用例1に記載されたものに引用例2に記載された技術事項を適用することにより、引用例1に記載されたものを格子編により形成されるグランドパッキンとすることは、当業者ならば容易になし得るものである。」(審決書8頁20行~9頁5行)とするが、誤りである。
本願発明の技術的課題、構成及び作用効果は、本願の第1次審決の取消訴訟(東京高等裁判所平成3年(行ケ)第261号)の前示判決において、「本願発明は、従来技術に存する上記欠点を解消し、ポリテトラフルオロエチレン繊維本来の優れた熱特性と摺動特性を備え、しかも強度特性が大幅に向上した格子編構造のグランドパッキンを提供することを技術的課題(目的)とし、これを達成するため本願発明の要旨記載の構成、特に、パッキン角部を通る編み糸として5g/d以上の引張強度を有するアラミド繊維を多数本集束した編み糸を用い、パッキン角部を通らない編み糸には充填剤配合のポリテトラフルオロエチレン繊維を集束した編み糸を用いる構成を採用し、この構成により、耐圧性、保形性が極めて良好であり、使用流体圧力20kg/cm2以上の条件の往復動ポンプの軸封装置に使用してもパッキンの変形を生じて寿命が短くなることがなく、硬質のアダプターパッキン又はスペーサリングの配置が不要であるとともに従来の充填剤入りポリテトラフルオロエチレン繊維を集束した編み糸のみを使用したパッキンと同様な摺動性、熱伝導性、耐熱性、耐薬品性を備え、上記耐圧性、保形性と相まって高負荷条件の軸封装置用パッキンとして威力を発揮するという顕著な作用効果を奏するものである。」と判示されているとおりである。
すなわち、本願発明は、グランドパッキンにおいて、パッキン角部を通らない編み糸に充填剤入りPTFE繊維を用い、この繊維本来の優れた熱特性と摺動特性を発揮させ、しかもパッキン角部を通る編み糸としてアラミド繊維を用い、この繊維の有する高強度性を十分に発揮させ、これを堅牢な格子編みに編組することにより、PTFE繊維、アラミド繊維、充填剤(黒鉛等)を有機的に組み合せ、異質の繊維をそれぞれの欠点を相互に補いつつ、巧みに使い分けることを基本的技術思想とするものである。
これに対し、引用例1(甲第4号証)及び同2(甲第5号証)のいずれにも、本願発明の基本的技術思想は開示されておらず、上記基本的技術思想なくして単に引用例2と引用例1とを組合せたとしても、本願発明が奏する効果は到底達成できない。
引用例1及び同2に記載のパッキンは、その編み構造が、前者は「特殊なハ打ち編み」(Special plait)、後者は「交差ハ打ち編み」(Crossplait)であり、本願発明の格子編(Lattice braided)といわれる堅牢な編組とはその編み構造は相違しており(甲第4号証全和訳文4頁、図7b、7a)、また、引用例2記載のパッキンは、PTFE繊維と黒鉛繊維とを組み合わせ、角部にPTFE繊維を配した構成であるから、本願発明のように、角部に配したアラミド繊維により高密度の耐圧性と保形性を保持し、パッキン接面の中央部に配置した充填剤配合のPTFE繊維によって、摺動性、熱伝導性、耐熱性、耐薬品性を確保できるという効果は、期待できない。
したがって、引用例1記載のものに引用例2記載の技術事項を適用しても、本願発明の構成にはならず、審決の上記判断は誤りである。
3 取消事由3(相違点<2>についての判断の誤り)
審決は、「アラミド繊維の引張強度が、22g/dであることは、引用例3に記載されるように、本願出願前、当業者にとって周知の技術事項であるので、引用例1に記載されたもののアラミド繊維は、5g/d以上の引張り強度を有するものである。」(審決書9頁7~11行)と認定し、本願発明の進歩性を否定する根拠としている。
しかし、本願発明において、5g/d以上の引張強度のアラミド繊維を採用するのは、これによって構成されたグランドパッキンの接面が両端に配置されたアラミド繊維によって高強度となり耐圧性と保形性を確保し、応力歪みの発生を防止することと、パッキン接面の中央部に配置された充填剤配合のPTFE繊維によって柔軟質とし、摺動性、熱伝導性、耐熱性、耐薬品性を確保して軸封に寄与させるために用いるものである。このように特定された両繊維を有機的に組合せるために多くの実験を繰り返し、アラミド繊維の引張強度を5g/d以上と決定したものである。
これに対し、異質の繊維をそれぞれの欠点を相互に補いつつ、巧みに使い分けるとする上記のような技術思想は、引用例3(甲第6号証)には記載されていない。
したがって、22g/dのアラミド繊維が引用例3に記載されていることのみにより、引用例発明1のアラミド繊維も直ちに5g/d以上の引張強度を有するものとして、本願発明の進歩性を否定する根拠とすることは、誤りである。
4 取消事由4(相違点<3>についての判断の誤り)
審決は、「ポリテトラフルオロエチレン繊維に充填剤を配合することは、引用例3に記載されるように、本願出願前、当業者にとって周知の技術事項であるので、引用例1に記載されたものの純PTFE繊維を、充填剤を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維とすることは、当業者が必要に応じて適宜選択し得る設計事項である。」(審決書9頁13~19行)としているが、誤りである。
本願発明は、前示の基本的技術思想に基づき、2種類の繊維の種類を選定しその強度及び配置位置まで具体的に限定した技術手段を用いて、高負荷条件下の軸封装置用グランドパッキンとして格別な効果を達成させたものである。
したがって、引用例発明1の純PTFE繊維を、充填剤を配合したPTFE繊維に置換えることが設計事項であるか否かは、本願発明の技術的課題、その具体的な解決手段及びその作用効果に照らして判断すべきものであるのに、審決の判断は、本願発明の要旨に示す特定した異質の繊維をそれぞれの欠点を相互に補いつつ有機的に構成したことを無視し、単に構成要素だけの形式な組み合わせをもって、当業者が必要に応じて適宜選択し得る設計事項であると判断したもので、誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
潤滑剤をパッキンの編み糸の繊維やパッキンに含浸させることは、本願出願前、当業者にとって、周知・慣用手段であり(引用例3・甲第6号証5頁右欄末行~8頁左欄9行)、パッキンの繊維に予め潤滑剤を含浸させておけば、パッキンの編組後にパッキンに潤滑剤を含浸させて表面処理する必要のないことは、本願出願前、当業者にとって、周知の事項である(特開昭57-97959号公報・乙第3号証)から、パッキンの編み糸の繊維やパッキンに潤滑剤を含浸させて表面処理をするかしないかは、当業者が必要に応じて適宜選択する程度の事項にすぎない〔実願昭52-051600号(実開昭53-146852号)のマイクロフィルム・乙第4号証〕。
特許請求の範囲に記載されていない事項であっても、特にこれを排除する明確な記載や示唆がない限り、発明の実施にあたっては適宜付加することを妨げるものではないところ、前記のとおり、パッキンの編み糸やパッキンに潤滑剤を含浸させることは、本願出願前、当業者にとって周知・慣用手段であったのであるから、このような処理を特に行なわない場合には、パッキンの繊維が無含浸であることについて明示的に記載するのが通常である(実開昭52-73353号公報・乙第5号証、実公昭42-15458号公報・第6号証)。
本願明細書(甲第2、第3号証)には、パッキン編組後の含浸と表面処理の工程を不要としていることについて記載されていない。かえって、本願発明において、パッキン角部を通る編み糸であるアラミド繊維にPTFE微粒子や黒鉛微粒子などの潤滑剤を含浸処理したものを本願発明の一実施例としており(甲第2号証3欄6~11行、4欄9~11行)、アラミド繊維に潤滑剤を含浸させて表面処理することを排除していないことは明らかである。
一方、引用例1において、アラミド繊維と純粋なPTFE繊維の両繊維に薬品を含浸させて表面処理することが記載されていても、本願発明の実施例と同じように、当業者が必要に応じて適宜選択する事項が記載されているにすぎない。引用例1(甲第4号証)には、両繊維の含浸及び表面処理が編組後であるとは記載されていない。その「PTFE分散剤によりプリコートされ、編組され、そしてPTFEをもって含浸されたところの糸またはモノフィラメント(単繊維)は、PTFEに匹敵する耐薬品性及び最高サービス温度は言うまでもなく、著しい長寿命の低摩擦パッキンを実現する。」(同号証全和訳文6頁6~9行)との記載は、アラミド繊維とPTFE繊維との組合せが生み出す特性について記載されていると判断すべきものである。
したがって、引用例発明1においては、両繊維が含浸及び表面処理されているというに止まり、両繊維の編組後の含浸と表面処理が必須であるということはできない。
2 取消事由2について
引用例発明1のパッキンが、パッキンの中心に中芯を有する特殊なハ打ち編みの編組のパッキンであることは、引用例1に記載されていないから、審決の相違点<1>の認定に誤りはない。
引用例1には、本願発明の意図するところの技術的課題の明示的な記載はないが、引用例発明1は、パッキン角部の編み糸の繊維がアラミド繊維であり、かつパッキン角部以外の面の編み糸の繊維がPTFE繊維であるように特別に編まれたパッキンである。このように、パッキン角部の編み糸の繊維とパッキン角部以外の面の編み糸の繊維として特性の異なる2種類の繊維を用いて特別に編むことは、パッキン角部とパッキン角部以外の面という2つの異なる場所において、それぞれの繊維の有する特性を相互に発揮させることを意味することは、当業者にとって容易に理解できる事項であるから、結局、引用例発明1にも、アラミド繊維とPTFE繊維という特性の異なる2つの繊維を組合せ、両者の有する特性を発揮させるため、各繊維の配置を考慮しつつパッキンを編組形成するという技術的課題は開示されている。
また、引用例2(甲第5号証)には、格子編構造のグランドパッキンにおいて、パッキン角部を通らない編み糸の繊維に特定の繊維を用いて、この繊維本来の優れた特性を備えさせるとともに、パッキン角部を通る編み糸の繊維にパッキン角部を通らない編み糸の繊維とは異なる特性の繊維を用いて、この繊維の有する特性を十分に活用し、これにより、パッキン角部の強度を向上させ、パッキンのはみ出し防止(保形性)や損傷防止(耐圧性)を良好にして、パッキンの強度特性を大幅に向上させることが記載されている(同号証訳文1頁19~33行、同2頁8~12行、同訳文は、原文の「Crossplait」を「交差ハ打ち編み」と訳しているが、これが本願発明の「格子編」と同一の編組であることは、下記のとおりである。)。
このように、引用例1及び同2には、いずれも、特定した異質の繊維をパッキン角部とパッキン角部以外の面というそれぞれの位置においてそれぞれの特性を生かして、各繊維の持つ特性を相互に発揮するという技術思想が示唆されている。
なお、引用例2に記載された「Crossplait」との編組が本願発明の「格子編」と同一の編組であることは、審決で説示したとおり、英国特許第474909号明細書(乙第2号証)の記載から明らかである(審決書10頁3~18行)。
したがって、引用例1記載の特性の異なる繊維をパッキン角部とパッキン角部以外の面で使い分けたパッキンの特別な編組手段として、引用例2記載の特性の異なる繊維をパッキン角部とパッキン角部以外の面で使い分けた格子編に関する技術事項を適用し、もって、引用例発明1の特別な編組を格子編であるように構成することは、当業者が容易になしうることである。
審決の相違点<1>についての判断に誤りはない。
3 取消事由3について
アラミド繊維は、引張強度が非常に強く、高いモジュラスを有するものであり、引用例3(甲第6号証)に記載されているように、22g/dという数値が与えられていることは、アラミド繊維が5g/d以上の引張強度を有するものであることを意味している。それは、とりもなおさず、引用例発明1のアラミド繊維が5g/d以上の引張強度を有するものであることを意味するから、審決の相違点<2>の判断に誤りはない。
4 取消事由4について
パッキンの素材として、充填剤を配合したPTFE繊維は普通に使用されており、純PTFE繊維は高温時に不安定な面があるが、充填剤を配合することにより高温時の特性が改良できることは、本願出願前周知の事項であるから、引用例発明1の純PTFE繊維を、充填剤を配合したPTFE繊維とすることは、当業者が容易になしうることである。
そして、引用例発明1のパッキン角部以外の面の編み糸の繊維に用いられる純PTFE繊維に、充填剤を配合したPTFEを用いることは、この置換えによってパッキンは高温時の特性、すなわち耐熱性が改善されるという当業者にとって予測することができる程度の効果しか生じない。
したがって、審決の相違点<3>についての判断は正当である。
第5 証拠関係
証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する。書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(引用例発明1の誤認による相違点の看過)について
審決認定の引用例発明1すなわち引用例1記載の商標名「LATTYflon 4758」のパッキンに関し、引用例1(甲第4号証)には、「Aramid/PTFEパッキン」の項に、「現代的なパッキンとして新世代のものは、デュポンのaramid繊維"Kevlar"を基礎にしており、フィラメント形状が、スチールより優れた引張強度を有し、わずか1.44の比重(・・・)を実現している。また、その材料には、耐火性、自己消炎性があるので、425℃から485℃の温度で焼け焦げるけれども、溶解することはない。PTFE分散剤によりプリコートされ、編組され、そしてPTFEをもって含浸されたところの糸またはモノフィラメント(単繊維)は、PTFEに匹敵する耐薬品性及び最高サービス温度は言うまでもなく、著しい長寿命の低摩擦パッキンを実現する。この種のパッキンの典型例は、図9に示され、そして第2表に含まれる。」(同号証全和訳文6頁1~10行)と記載され、図9に、「往復用途用の4758合成繊維/PTFEパッキン」が図示され、「表Ⅱ-現代のパッキン例」の「LATTYflon 4758」の欄に、「Kevlarによる角(かど)と表面上の純PTFE繊維を特徴とする特殊なハ打ち編みパッキン:両繊維とも含浸され、表面処理されている。」(同7頁)と記載されており、これらの記載によれば、引用例発明1においては、両繊維が含浸及び表面処理されていることが認められる。
ところで、本願出願前に公開された特開昭57-97959号公報(乙第3号証)には、「無機繊維または有機繊維糸を袋編みなどして長尺のチユーブ状体を成形し、これを所定の寸法に輪切りし、ついで圧縮成形するグランドパツキンの製造方法」(同号証1頁特許請求の範囲)の発明が開示され、これにっき、「無機繊維糸または有機繊維糸を袋編みなどした長尺のチユーブ状体3を得る。ついでこの長尺のチユーブ状体3に・・・バインダーまたは黒鉛、四ふつ化エチレンなどの潤滑剤を含浸付着し、これを乾燥後所定の寸法に輪切りする。」(同2頁左上欄14~19行)、「前記のバインダーまたは潤滑剤の含浸付着工程について無機、有機繊維糸1にあらかじめこれらを含浸付着しておけば前記工程でチユーブ状体3に含浸付着する工程を省略することができる。圧縮成形工程後に、バインダーまたは潤滑剤を組み合せて含浸付着してシール性を向上することもある。」(同2頁右上欄18行~左下欄4行)と記載され、また、同じく実願昭52-51600号(実開昭53-146852号)のマイクロフィルム(乙第4号証)には、「特に高圧往復動ポンプ用として、シール性にすぐれ、かつ使用ライフの長い編組パツキンに関する」(同号証明細書1頁8~10行)考案が開示され、これにつき、「本考案の編組パツキンの前記編組素糸の材質は石綿、炭素繊維(炭素質、黒鉛質を含む)などの無機質繊維、または木綿などの天然繊維、フツ素樹脂系繊維(たとえばテフロン(商品名))などの合成繊維よりなり、パツキンの用途に応じて選択使用する。また必要に応じてフツ素系樹脂などを含浸するなどしてシール性を向上させたり、油脂、二硫化モリブデンなどを含浸するなどして、潤滑性を向上せしめたりすることもできる。」(同4頁4~13行)、「本考案の編組パツキンの内、編組素糸の材質が炭素繊維で、かつフツ素樹脂を含浸(・・・)したものは、パツキン強度、潤滑性、シール性などの面において特に優れている。」(同4頁18行~5頁2行)と記載されていること、実開昭42-15458号公報(乙第6号証)の「ポリテトラフルオルエチレン(商標名テフロンとして著名である)」(同号証1頁右欄5~6行)との記載によれば、上記例示のテフロンが、PTFE繊維であることが認められる。
これらの公報の記載によれば、パッキンの用途に応じ、パッキン強度、潤滑性、シール性などを向上させるために、PTFE繊維を含む種々の繊維に、必要であるならば編組前あるいは編組後又は成形後、適宜の含浸剤を含浸させることは、本願出願前、当業者が必要に応じて採用できる技術常識であったと認められる。
また、本願明細書(甲第2、第3号証)には、本願発明の実施例につき、「編み糸1bは、・・・PTFE微粒子や黒鉛微粒子などの潤滑剤を含浸処理してある」(甲第2号証3欄7~11行、甲第4号証補正の内容(11))、「前述の編み糸1bが、それぞれ使用されている。」(甲第2号証3欄22~23行)、「PTFEデイスパージヨンを用いてアラミド繊維にPTFE微粒子を30重量%含浸して編み糸1bとなし」(同号証4欄9~11行)と記載されており、これによれば、本願発明のアラミド繊維は、PTFE微粒子や黒鉛微粒子などの潤滑剤を含浸処理したものを含むことが明らかであるところ、本願発明において、アラミド繊維を含浸処理することを必須の要件とすることは、本願発明の要旨には規定されていない。すなわち、本願発明においても、アラミド繊維の含浸処理は、当業者が適宜実施できる技術事項であることを前提としていることが明らかである。
以上の事実からすると、本願発明と対比すべき引用例発明1の構成として、当業者が任意に採択できる含浸、表面処理を除いて、LATTYflon 4758の骨格をなす「アラミド繊維がコーナー部に、純PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)繊維が面に配されるように特別に編まれたパッキン」(審決書4頁10~13行)と認定し、相違点<3>として、「本願発明は、ポリテトラフルオロエチレン繊維が充填剤を配合したものであるのに対し、引用例1に記載されたものは、純粋なものである点」(同7頁17~19行)を挙げた審決の認定は正当であり、この点に、原告主張の相違点の看過はないというべきである。
取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点<1>についての認定、判断の誤り)について
審決は、相違点<1>として、「引用例1に記載されたものは、いかなる編組で形成されるパッキンであるのか、いかなる種類のパッキンであるのか、について何らの記載もない点」(審決書7頁9~12行)を挙げ、これにつき、「引用例1に記載されたものに引用例2に記載された技術事項を適用することにより、引用例1に記載されたものを格子編により形成されるグランドパッキンとすることは、当業者ならば容易になし得るものである。」(同8頁20行~9頁5行)と判断している。
これに対し、原告は、引用例1記載のパッキンの編み方は「特殊なハ打ち編み」(「Special plait」)であり、引用例2記載のパッキンの編み方は、「交差ハ打ち編み」(「Crossplait」)であり、引用例発明1に引用例2の編み方を適用しても、本願発明の「格子編」構造は得られないと主張する。
この「交差ハ打ち編み」(「Crossplait」)との用語は、引用例1(甲第4号証)において、「製造メーカーは、独自のハ打ち編みまたは編組構造、例えば、交差ハ打ち編み(原文は、「Cross plait(Crossley)」)と超ハ打ち編み(原文は、「Superplaiting(Latty International)」)を有しており、単純編組、あるいは”旧形”編組に付随する制約を克服することを目的とする。優れた柔軟性に加えて、頑丈でしかも均質な無孔編組を実現する2種類の断面例を図7bに示す。」(同号証原文100頁本文3~6行、全和訳文4頁本文下から5~1行)との記載中と、図7bの左側の図を示す「交差ハ打ち編み」(原文は、「Cross plait」)として用いられている。
そして、この「交差ハ打ち編み」(「Cross plait」)との編み方は、引用例1に先立って公表された英国特許明細書である引用例2(甲第5号証)に、「フィラメントを編組する適当な方法は、英国特許明細書No. 474、909の出願者により発明/開示されている有名な”交差ハ打ち編み(Crossplait)”である。」(同号証訳文1頁下から4~3行)と記載されており、引用例2及びその引用する上記英国第474909号特許明細書の特許出願人は、ともに「HENRY CROSSLEY (PACKINGS) LIMITED」であることが、その記載から明らかであるから、引用例1における「交差ハ打ち編み」(「Cross plait (Crossley)」)は、引用例2及び上記英国第474909号特許明細書に開示された編み方そのものをいうと認められる。
この英国第474909号特許明細書(乙第2号証)の第1~第6図には、2本の締め糸A、Bと一本のくくり糸Cを用い、締め糸A、Bは交差するようにパッキン角部を通り、一つの面から他の面に対角的に通り、くくり糸Cはパッキン角部を通らずに中央部を通る構成が記載されており、この編み方は、本願明細書(甲第2、第3号証)に、本願発明の格子編構造のパッキンの一実施例として、図面第1図、第2図(甲第2号証)に図示されている「二種類の編み糸1a、1bを合計12~36本使用して格子編したものであり、その編み糸通過径路がパツキン角部を通る第一径路21及び第二径路22と、パツキン角部を通らずにパツキン中央部を通る第三径路23の合計三径路から構成されている」(同号証2欄22~27行)編み方と同一であり、また、上記英国特許明細書の第7~12図に図示されている編み方は、本願明細書の第3図、第4図に示されている本願発明の他の実施例である「パツキン角部を通る第一径路21及び第二径路22と、パツキン角部を通らない第三径路23及び第四径路24の合計四径路で格子編されて」(同号証3欄17~20行)いる「格子編」構造の編み方と同一であることが明らかである。
したがって、本願発明における「格子編」構造は、引用例2に記載された「交差ハ打ち編み」構造、ひいては、引用例1に記載された「交差ハ打ち編み」構造を除外するものではなく、これを含むものであるといわなければならない。
そうである以上、引用例発明1の編組構造が、原告主張のように「特殊なハ打ち編み」(「Special plait」)であるとしても、また、審決の前示相違点<1>についての認定を前提としたとしても、引用例発明1のパッキンに引用例2の公知の編組構造を適用して、本願発明の格子編構造のパッキンとすることは、当業者が特段の発明力なくしてなしうることは明らかであるから、審決が、この点に進歩性を認めなかったことは、結局において、正当といわなければならない。
原告のその余の主張は、本願発明の「格子編」構造が、引用例1、同2の「交差ハ打ち編み」構造と異なることを前撰とした主張であって、上記説示に照らし、採用できないことは明らかである。
取消事由2も理由がない。
3 取消事由3(相違点<2>についての判断の誤り)について
引用例3に、審決認定のとおり、「アラミド繊維は、引張強度が非常に強く(第6頁表6によれば、22g/d)、高いモジェラスを有し、パッキン用素材として優れている」(審決書6頁4~7行)旨が記載されていることは、当事者間に争いがない。そして、引用例3(甲第6号証)によれば、審決認定のこのアラミド繊維は、引用例発明1におけるアラミド繊維と同じデュポン社の"Kevlar"繊維であることが認められるから、引用例発明1におけるアラミド繊維も22g/dの引張強度を有するものを含むものであることは明らかである。
したがって、引用例発明1におけるアラミド繊維は、本願発明の「5g/d以上の引張強度を有するアラミド繊維」との要件を当然に充足しており、審決認定の相違点<2>は、両発明の実質的な相違とは認められない。
原告は、異質の繊維をそれぞれの欠点を相互に補いつつ、巧みに使い分けるとする本願発明の技術思想は、引用例3には記載されていないと主張するが、2種類の異なる繊維の利点を合わせ持つグランドパッキンを提供するという技術思想は、引用例2(甲第5号証)の「本発明の目的は、PTFE繊維と黒鉛繊維との両方の利点を合わせ持ち、高い耐薬品性、低摩擦特性、良好な熱放散性をもち、・・・グランドパッキンを提供するものである。」(同号証訳文1頁19~23行)との記載に示されるように、本願出願前、公知の技術思想であって、引用例発明1もまた、この技術思想に基づくものであることは、前示認定の引用例1の記載事項から、明らかである。
原告の上記主張は、このような本願出願時における技術水準を全く省みない主張であって、採用に値しない。
4 取消事由4(相違点<3>についての判断の誤り)について
引用例3すなわち日本アスベスト株式会社発行の「ニチアス技術時報」’81 No.3に、審決認定のとおり、パッキンの素材として、充填剤を配合したPTFE繊維が普通に使用されていること、純PTFE繊維は、高温時に不安定な面があるが、充填剤として黒鉛を入れることにより、高温時の特性が改良できることが記載されている(審決書5頁18行~6頁3行)ことは、当事者間に争いがなく、引用例3(甲第6号証)は、前示の技術文献に掲載された「ロータリパッキンについて」と題する当時におけるロータリパッキンの現状を紹介した紹介記事であるから、上記に記載されたところは、本願出願前、当業者にとって周知の技術事項であると認められる。
そうである以上、当業者が、パッキンの高温特性を改良するために、純PTFE繊維に代えて充填剤入りPTFE繊維を用いることは、むしろ当然というべきであり、そこに何らかの技術的困難性を認めることはできない。
本願発明の効果が、引用例発明1に周知の充填剤入りPTFE繊維を用いることにより、通常予想される効果以上の格別の効果が奏されるものとは、本願明細書(甲第2、第3号証)の記載、その他本件全証拠によっても認められない。
したがって、相違点<3>につき、「当業者が必要に応じて適宜選択し得る設計事項である」(審決書9頁18~19行)とした審決の判断に誤りはなく、本願発明が引用例1~3に記載されたところと周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の判断に誤りはない。
5 よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)
平成2年審 判第17756号
審決
大阪府大阪市淀川区野中南2丁目11番48号
請求人 日本ピラー工業 株式会社
大阪府大阪市北区神山町8番1号 梅田辰巳ビル
代理人弁理士 鈴江孝一
大阪府大阪市北区神山町8番1号 梅田辰巳ビル 鈴江孝一特許事務所
代理人弁理士 鈴江正二
昭和58年特許願第162365号「格子編構造のグランドパッキン」拒絶査定に対する審判事件(昭和63年5月16日出願公告、特公昭63-23422)についてした平成3年9月5日付けの審決に対して、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成3(行ケ)第261号、平成4年7月14日判決言渡)があったので更に審理の結果、次の通り審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
Ⅰ 本願は、昭和58年9月1日の出願であって、その発明の要旨は、原審における出願公告後の平成2年11月5日付け手続補正書によって補正された明細書及び出願公告時の図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「(1)多数本の繊維を収束して編み糸となし、この編み糸の複数本で格子編して形成されるパッキンにおいて、そのパッキン角部を通る編み糸の繊錐が5g/d以上の引張強度を有するアラミド繊維であり、且つパッキン角部を通らない編み糸の繊維が充填剤を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維であることを特徴とする格子編構造のグランドパッキン。」
Ⅱ 一方、当審において、平成4年9月7日付で通知した拒絶理由の概要は、本願の発明は、その出願前に日本、英国内において頒布された、以下の刊行物に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有するものが、容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものであり、そして、日本、英国内において頒布された刊行物として、R.H.Warring「SEALS and SEALING HANDBOOK」1st edition(1981年、TRADE & TECHNICAL PRESS LTD. 発行、ENGLAND)P99~101、104(以下、「引用例1」という。)、英国特許第1、288、878号明細書(以下、「引用例2」という。)、および、「ニチアス技術時報」’81No.3(昭和56年5月1日、日本アスベスト株式会社発行)P1~12(以下、「引用例3」という。)、の3つの刊行物を引用している。
上記各引用例1~3には、それぞれ次のような技術的事項が記載されているものと認める。
A.引用例1
(1) ケプラー、即ちアラミド繊維がコーナー部に、鈍PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)繊維が面に配されるように特別に編まれたパッキン。(第101頁第9図4758および第104頁TABLEⅡの商標名LATTYflon4758を参照。)
(2) 上記パッキンは、往復動の分野に対して特に開発されたもので、高圧の化学ポンプにおけるピストンのシールに著しく適している。(同上。)
B.引用例2
(1) 多数本の繊維を収束して編み糸となし、この編み糸の複数本で格子編して形成されるパッキンにおいて、そのパッキン角部を通る編み糸の繊維がポリテトラフルオロエチレン(PTFE)繊維であり、且つパッキン角部を通らない編み糸の繊維が黒鉛繊維である格子編構造のグランドパッキン。
(2) パッキン角部のPTFE繊維がはみ出しや損傷を防止する剪断力を与えるのに対し、軸と接触するパッキンの面の主要部が必要な熱伝導を行わせる黒鉛繊維である。(第1頁右欄第65~71行。)
C.引用例3
(1) 往復動ポンプ等に使用されるグランドパッキンであって、多数本の繊維を収束して編み糸となし、この編み糸の複数本で格子編してグランドパッキンを形成すること、
(2) パッキンの素材として、充填剤を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維(PTFE)は普通に使用されている、
純PTFE繊維は、高温時に不安定な面があるが、充填剤として黒鉛を入れることにより、高温時の特性が改良できる、
(3) アラミド繊維は、引張強度が非常に強く(第6頁表6によれば、22g/d)、高いモジェラスを有し、パッキン用素材として優れている。
Ⅲ そこで、本願発明と引用例1に記載された発明とを比較すると、多数本の繊維を収束して編み糸をなすことは本願出願前に技術常識であり、また、引用例1に記載されるパッキンは、第9図を視覚的に見れば、パッキン断面は四角形であり、さすれば4つあるコーナー部がパッキン角部になると共に、コーナー部を除いた面部がパッキン角部以外の面となるものと解され、結局、引用例1に記載される「コーナー部」、「面」は、本願発明の「パッキン角部」、「パッキン角部を通らない(部分)」に相当する。
したがって、両者は、「多数本の繊維を収束して編み糸となし、この編み糸の複数本で編組して形成されるパッキンにおいて、その角部の編み糸の繊維がアラミド繊維であり、且つパッキン角部以外の面の編み糸の繊維がポリテトラフルオロエチレン繊維であるパッキン」で一致するが、
<1>本願発明は、格子編して形成されるグランドパッキンであって、パッキン角部の編み糸がパッキン角部を通る編み糸となり、パッキン角部以外の面の編み糸がパッキン角部を通らない編み糸となるのに対し、引用例1に記載されたものは、いかなる編組で形成されるパッキンであるのか、いかなる種類のパッキンであるのか、について何らの記載もない点。
<2>本願発明は、アラミド繊維が5g/d以上の引張強度を有するアラミド繊維であるのに対し、引用例1に記載されたものは、引張強度が不明のアラミド繊維である点。
<3>本願発明は、ポリテトラフルオロエチレン繊維が充填剤を配合したものであるのに対し、引用例1に記載されたものは、純粋なものである点。、以上の3点で相違する。
Ⅳ そこで、これらの相違点<1>~<3>について検討する。
相違点<1>について、
格子編等の編組構造のグランドパッキンは、例えば、引用例3に記載されるように、本願出願前、当業者にとって周知のパッキンであるので、引用例1に記載されたものをグランドパッキンとして用いることは、当業者が必要に応じて適宜選択し得る程度の技術的事項にすぎない。
そして、複数本の編み糸で編組すると共に、パッキン角部の編み糸の繊維と、パッキン角部以外の編み糸の繊維を、異なる繊維でもって構成するグランドパッキンにおいて、編み糸を格子編により形成して、パッキン角部の編み糸をパッキン角部を通る編み糸となし、パッキン角部以外の面の編み糸をパッキン角部を通らない編み糸となすことにより、パッキン角部を通る編み糸がパッキンのはみ出し防止(保形性)や損傷防止(耐圧性)を良好にすることは、引用例2に記載されるように、本願出願前公知であるので、引用例1に記載されたものに引用例2に記載された技術事項を適用することにより、引用例1に記載されたものを格子編により形成されるグランドパッキンとすることは、当業者ならば容易になし得るものである。
相違点<2>について、
アラミド繊維の引張強度が、22g/dであることは、引用例3に記載されるように、本願出願前、当業者にとって周知の技術事項であるので、引用例1に記載されたもののアラミド繊維は、5g/d以上の引張り強度を有するものである。
相違点<3>について、
ポリテトラフルオロエチレン繊維に充填剤を配合することは、引用例3に記載されるように、本願出願前、当業者にとって周知の技術事項であるので、引用例1に記載されたものの純PTFE繊維を、充填剤を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維とすることは、当業者が必要に応じて適宜選択し得る設計事項である。
なお、請求人は、平成4年11月30日付け意見書にて、「引用例2はCrossplaitと記載しているだけであって、はたして格子編構造のグランドパッキンなのか不明である」と述べているが、引用例2は、Crossplaitの定義として、「Crossplaitは英国特許第474909号明細書に開示されている」(第1頁右欄第72-75行。)と記載しており、その英国特許第474909号明細書には、第1~6図に、本願発明の一実施例である「編み糸通過径路がパッキン角部を通る第一径路21及び第二径路22と、パッキン角部を通らずにパッキン中央部を通る第三径路23の合計三径路から構成されている」格子編構造と同一のCrossplaitが、また第7~12図に、本願発明の他の実施例である「パッキソ角部を通る第一径路21及び第二径路22と、パッキン角部を通らない第三径路23及び第四径路24の合計四径路で格子編」した格子編構造と同一のCrossplaitが、各々示されているのだから、引用例2に記載されるCrossplaitは、本願発明と同一の格子編構造そのものであり、したがって上記請求人の主張は失当である。
Ⅴ 以上の通りであるから、本願の発明は、上記引用例1、引用例2、及び引用例3に記載されたもの、および上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成5年2月25日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)